HOI HOI AI LIFE

HOI HOI(ホイホイ)とはハワイの言葉で『幸せ』という意味。
娘も小学校3年生になりました。
あれこれホイホイ生活を書いてます(*^。^*)
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墓じまい
JUGEMテーマ:改葬
前回までのお話 → 墓じまい

祖母の火葬を終えたところが前回まででした。

前回も書きましたが、
まず火葬をして、その後、日を改めてお寺で戒名をつけてもらって
納骨してもらおうというのが母の考えでした。

話しがさかのぼりますが、火葬前日に住職に電話で連絡をしました。
母の言い方が悪かったのかもしれませんが、
「母(祖母)が亡くなったので火葬式にすることにしました」
と伝えたところ、住職は
「そんなのは墓に入れないよ!」と
突然強い口調で返答したそうです。

母は状況が理解できず、言葉をあれこれ変えて、
ようやく真意が伝わったようで、
「戒名と納骨で○○万円でいいよ!すぐに骨いれたいんだろ?」
よ言われたそうです。

ま、神奈川の田舎なんでね、
口調が悪いのは田舎もんまるだしというところですが、
その話し聞いて私は唖然(+o+)
母も怒りこみ上げてましたよ。

多分暴言をはかせない為には
「母(祖母)が亡くなりました。先に火葬を済ませますので、
そちらで葬儀、戒名を御願いします。
納骨も御願いします。」という順番で言わなければならなかったですかね?
「火葬式」という言い方がまずかったのかとは思いますが、
それでも身内を亡くして傷心の人にそんな口調で
話す坊主ってどうよ?ということです。
下品な人だわ〜と本当にがっかり。

まぁ、でもおじいちゃんと一緒のお墓に入るために
おばあちゃんが建て替えたお墓ですから、
納骨まではしてあげなくちゃいけないので、
母もぐっとこらえました。

実際に火葬を終えて、後日遺骨を持って
お寺に行きました。
お寺から墓石屋に連絡して
納骨も当日行えるようになっていました。

戒名をつけ、お墓に納骨。
無事に納骨しましたね。
と安堵していると
ここで突然、墓石屋が
「見てくださいここ!
崩れかけてるんです。
危ないので修復が必要です。」
という話しを切り出しました。

墓を立て直す際に大谷石の部分はそのまま、
大谷石は土の中にあればいいけれど外にでた
部分は劣化するという話を
よくわからないが住職がし始めた。

お墓の後ろは崖なんですよ。
見る限り目視でも土、流れてます。
危ないです。
墓が危ないというより
その土地自体が危険です。

墓の直し方について、あーだこーだ
墓石屋と住職で話していて、
母が「でもこれ、崖自体がもう危険ですよね?
これを何とかしてくださいよ」
と住職に物申すもそこはスルーというかうやむやに。

すると住職
「ほら、あの横浜の傾いたマンションみたいに
強い地盤まで杭を打てばね、いいだけどね。
そういう工事もできるよな?」
と墓石屋に投げかける。

墓石屋は
「そうなると下から掘り起こすので
どうのこうの・・・。費用もどうのこうの・・・」

住職
「じゃぁ。ここにパイプとおして、
こうすりゃいいじゃん」

とかなんとか・・・

所有(といっても兼務なので、この土地自体が
住職の持ち物かは知りませんけれども)している土地が
崩れそうなんですよ?そっちの責任でしょう?
という母の意見はここでもスルー。
納得いかないを連発の母。

もう収集付かないので、
とりあえず、墓石屋に
何パターンかの修繕の見積もりを
後日送るように伝えてました。
※ここは私が仕切りましたw

法要を終えると本堂に戻って
お茶を飲みながら
住職とちょっとしたお話をするのが常なのですが、
住職に対してはなんだコイツ?という
思いしかわかず、何の話したかよく覚えておりません。

・・・でここで更に想定外の出来事が発生。

イ愨海
 
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墓じまい
JUGEMテーマ:改葬
前回までのお話 → 墓じまい

ここからは祖母の葬儀に関してです。

祖母は岩手の出身で、東京に出てきて
祖父と結婚。
仲良く人付き合いするようなタイプではなく、
一人が好きな人だったので、東京に親しい友人はいませんでした。
また、後年、岩手に帰り一人で生活をしていたのですが、
介護等が必要になり、妹さんなどが面倒をみてくれていました。
ただそちらも高齢。
妹さんたちが煩わしかったのか、自分の意思で岩手に帰ったのに、
東京に来たいということになり、母があちこち駆け回って
三女とその息子が介護関係の仕事だったこともあり、
川崎の施設に入ることになりました。
そして体調を崩すと入院。退院後は施設という生活を
くり返していました。
そして、川崎の病院で、最期を迎えました。

岩手の親戚の方も高齢ですので、
葬儀等に関しては母に任せるということでした。
東京に友人もいませんし、見送るのは私達親族だけです。

母は事前に葬儀会社に資料請求していたようで、
参列するのが親族だけなので、
通夜式も告別式もない火葬式にすることにしました。

遺体を安置していただき、臨海総議場で火葬を終えるまでを
「小さなお葬式」という葬儀会社に御願いしました。

お寺からお経をあげにきて頂くことも考えましたが、
お車代等もかかりますし、日程調整も必要になってくるので、
まず火葬をして、その後、日を改めてお寺で戒名をつけてもらって
納骨してもらおうという考えだったようです。

臨海葬儀場では
火葬当日は窓を開けて顔を見ることしかできないそうで、
お花などは自分達で用意して、遺体を安置している
葬儀社さんに火葬前日に棺おけの中に入れに行きました。

そのときに遺影のお写真で合成させるバックの色や
お着物の色の最終チェックがありました。

火葬当日、遺体が運ばれてきて
直接火葬場へ遺影を飾り、最期の挨拶。
そのまま火葬の機械で炉に入っていきました。

火葬が終わるまで休憩場で待ち、
アナウンスで呼ばれて火葬炉から
出てくるところを確認。
その後、場所を変えて骨壷へ骨を移します。
その際に火葬場の係の方が骨を説明してくださいました。

祖母は90歳でしたが、係の方が驚くほど
しっかりと骨が残っていて、
これだけどこの部位か説明できる骨は珍しいと
仰っていました。
喉仏は本当に立派でした。
私もこれまでに数回お骨拾いをしたことがありますが、
本当に立派な骨でした。

骨壷にお骨を全て入れ、
箱に収めて、終了です。

一連の流れは簡素でしたが、
私、なんか凄くすっきりした気持ちだったんですよね。

通夜や告別式で故人を偲ぶことも大切ですが、
立鳥跡を濁さずという感じで、
施設にずっと入ってはいたものの、
最期はすがすがしいほどあっけなく、
まわりに手を焼かすこと無く、旅立っていったのだな。
そう思いました。

私がなくなっても、通夜も告別式もしてくれるな。
火葬だけでよいと家族に伝えておかなくちゃと
思いました。

さてさて、祖母の火葬は無事に終えたのですが、
問題はこの火葬の前に起きていました。

い愨海
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墓じまい
JUGEMテーマ:改葬
これまでのお話 → 墓じまい

次にお墓を取り巻く環境です。

墓には
祖父、伯父(母の兄)、祖母(後妻:母の育ての親)の
遺骨が納められています。

母は
伯母
伯父(他界)

叔母
という4人兄弟で、次女です。
伯母と叔母は嫁いでいる為、
祖母が高齢になってからは母が代わって
墓守をしていました。

檀家料、法事の際のお布施やその他のお布施など
あれこれ連絡がくる度にお支払いをしてきました。
まぁ、これは檀家であれば仕方のないことですかね。

墓を存続した場合、
母もこの墓に入ることになりますが、
そうなると次の墓守は必然的に私になるのかしら?

ただ、嫁いだ身ですので母の代で終わるという考えも出来ます。

今回色々聞いたところ、私がこの墓に入りたいのであれば、
全然OKらしいです。
主人も、娘もスペースがあれば入ってよいそうです。

実はこのお墓の側に、
祖父と別れた祖母(母にとっては実母)の墓もあるのです。
10年くらい前に丁度売り出されて、
ここだったらみんながお墓参りに来るからそのときに
一緒にお参りしてもらえるかもね・・・
ということで、生前に自分でお墓用の土地を購入したんです。
そちらは実祖母が離婚時に連れて行った三女が現在墓守をしています。
ただ、そのお墓に次に入る人もなし、今回祖父の墓を墓じまい。
想定外な展開になってしまいました。

さてさて、ここからはお寺さんに関してです。

実は現在お墓があるお寺、住職の跡継ぎがなく、
同じ宗派の近くのお寺の住職が兼務するようになりました。
伯父の葬儀の後頃だったと思います。
この住職に代わってから、あれこれ金の無心が増えたらしい。
毎年、墓から少し離れた場所にお布施を渡しにいかなくてはならず、
手間も増えたとか。

それでも伯母の旦那さんや実祖母が亡くなった際には
東京まで来ていただいて、お経をあげてもらい、
お世話になっていました。
まぁ、それが葬儀として当たり前くらいに思っていたんです。

神社で七五三をして、クリスマスを祝い、
結婚式は教会で挙げた典型的日本人で無宗教の私は
仏教に関してほとんど知識がなく、
直接お寺さんとの関係もないので、
お布施やら何やらも全くわかりません。
我が家では家でお仏壇に線香をあげたり
ほぼ経験ありませんしね。
(なので、主人の実家で戸惑うことばかりですよ)

へ続く
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祖母の四十九日法要と墓じまい

JUGEMテーマ:改葬

 

1月下旬、祖母の四十九日法要がありました。
そして、墓じまいもしてきました。

墓じまいなんて、生涯で経験する方
いないかもしれないですね。
ある意味貴重な経験だったのかもしれません。
まぁ、ほとんどは現在の墓守である
母が行ったので、私は何もしていないのですが・・・。

珍しい経験なので、経緯とかあれこれを
ちょっと書き残しておこうかと思いました。
→思いのほか大作になってしまいましたw

祖父、伯父、祖母が入っていたお墓。
平成になる前に祖母が上の墓石を新しく
してくれていたのですが、
土台となっている大谷石が
劣化して崩れかけているので、
修繕が必要と墓石屋に言われたのが、
昨年11月の祖母の納骨の時でした。

隣にあったお墓(遠い親族)が更地に戻っていたので
不思議に思っていたのですが、
墓石が裏手の崖から落ちたそうで、
それを引き上げるのが相当大変だったという
話しも併せて聞きました。

その為、墓石屋から修繕か墓じまいか
早急に決めて欲しいと言われました。

墓が劣化というよりは、
土台となっている山が崖方向に崩れかかっていて、
墓を修繕したところであまり意味がないこと。

強固な地盤まで杭を打つ工事をすれば、
持ちこたえそうですが、その工事は
莫大な費用がかかります(見積もりみてビックリ)

(茲犬泙
∧茲僚ち
J茲僚ち供擇い打ちアリ】
と墓石屋に見積もりを御願いしましたが、
どの金額も\(゜ロ\)(/ロ゜)/


△麓孱餌翡磴┐覿盂曚任后
はそれ以上です。

土地はお寺さんの所有ですから、
山崩れしない為の補強工事をして欲しいと要望したら、
檀家全部を集めて協議→費用の回収が必要と言われました。
まぁ、その際は我が家も檀家ですから、
今回の修復費用の他に補修工事費用を何十万と
払うことになるのでしょう。

△愨海
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2016年 本年も宜しく御願いします
遅くなりましたが、2016年
本年も宜しく御願い致します。

FBはじめブログ等でもお伝えしておりませんでしたが、
昨年11月 祖母が寿命を全う致しました。
皆様からの年賀の挨拶は、毎年心待ちにしており、
喪中等のご挨拶は致しませんでした。
ご挨拶を送って頂いた方へは後日改めてご返信致します!

新年のご挨拶はやや控えめに致しますが、
本年も昨年と変わらずお付き合い頂けますよう、
宜しくお願い致します。

AI
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2015 レミング
JUGEMテーマ:霧矢大夢

いら続いています。

こうやって追っていくと、探検の女性はタロだけではなく、
母も自分の心の奥に触れたときにも登場するので、
「自分が心の奥に埋めている触れてはいけないもの」の
象徴なのかもしれません。

タロのまわりにある沢山の壁は
タロ自身が作ったものもあれば、
母が思い描く夢も壁となっていたんだろうな。
母をあんなふうにさせてしまったという事実も壁なんでしょう。
深く思いすぎてできた壁もあるし、
世間や常識に囚われているという壁もある。

私自身、10代〜20代 沢山の壁があったし、
どうやってそこから抜け出したらいいのかわからなくて
悩んだりした。
そういう若い時期独特の壁もあれば、
そこから大人になるときに立ちはだかる壁もある。
沢山の壁だらけだわ、人生

周りから見ると壁で囲まれていることは
息苦しく感じるけれど、
壁に囲まれている=自分が守られているということ。
沢山の壁で自分が傷つかないように守っている。

でも壁が増えれば増えるほど
外の世界に出られなくなって、どんどん
現実の世界から遠のく。虚実の世界や自分だけの世界に
入り込んでいく。

そんな状態になったタロの元へ
ジロがやってくる。
ジロは旅立つという。
タロとジロは二人で1つ。
壁をつくらず、壁ができても抜け出るというジロ。
そのジロの人格がなくなるということは
二人の間にあった壁が全くなくなってしまうということ。

沢山の黒い花が散るシーンが
とても美しかった!
これでもかという量が降り注ぎ、
まだまだ降り注ぐ。
(お片づけ大変そうw)
光と音とその降り注ぐ光景が
美しいひとつの絵でした。

初回見たときには内容も良く理解できず、
あの光に希望を感じたので
自分から全てのものが去っていったけれど、
彼の中で出口が見つかったのかも。
壁を作ったけれど、そこから希望をみつけだせたのかもと
思ったのですが、
影子様のお茶会では最後のシーンは
「ようこそこちら側(虚構)の世界へ」
という感じだそうで、
そうなると、全ての沢山の壁を作ったことで、
タロという一人の人格は虚構の中(安全な場所)に住み続ける
ということなのかなぁ???
と感じたラストでした。

・・・感想だといっているのに
最後???という疑問のままですみません(笑)

この舞台は
「これはこういうことなのかなぁ?知らんけど」
で良いと思っているので、そのままを書きましたw

※「〜。知らんけど」の”知らんけど”は関西地方で使われ、
「〜。というのはあくまで私個人の見解。本当かどうかはわからない」意味だと
先日正式な使い方を知ったので、使ってみましたw
これまでもなんとなくそういう意味だとは思っていましたけどね。

観劇から日数がたっているので、
話しと話しの順序があってるかも不明です。
申し訳ありません。

抜かしてしまった途中に出て来る出口さんの話し。
マンホールを集めるのが趣味なデグチさん
野球のフライを捕って帰ってきたら
周りがみんな大人になっていたのもデグチさん。

デグチ = 出口

マンホールの中で修学旅行生達が
デグチさんを探していた。
この辺りは出口を探しているという
言葉遊び?

周りが大人になっていたのは、
彼の心が少年のまま時間が止まってしまっていて、
やはり精神的な病なのかな??

やっぱり最終的に
虚構の世界の中へ
そして出口のない世界に入り込んだということなのかなぁ???
・・・と改めて???です

長くなりましたが、難しすぎるのは
理解しようとするから。
正直なところ私も理解できてませんし、
短編フィルムをつぎはぎにした感じで
各シーンを楽しめばよい作品なんだというのが実感です!

とはいえ、どういうことなんだろう?と
その後に頭をクネクネさせるのも面白い作品ではあるなぁ。
そんな感想の作品です。

きりやんが出演しなければ、絶対に見ていない作品と思うと、
この作品に出演を決めたきりやんの心境を聞けたらよかったなぁを思いました!
きりやん | comments(0) | trackbacks(0)  ▲ TOP
2015 レミング
JUGEMテーマ:霧矢大夢
さて、牢獄のシーン
独房なのにタロとジロ二人が入っている。
この辺りも本当は一人だから独房で良いということでしょうね。

絶望に打ちひしがれるタロと
壁に扉を書いてそこから出て行こうとするジロ
明暗の対極
そんな中、ジロが書いた扉が開き、
ジロと共に外へでようとするタロ
そこでまた探検の女性が看守の衣装で登場。
高笑いと共に、タロとジロを撃ち続ける

この箱の中から抜け出せるかもしれない!
自分の心が明るい希望へ寄った後、
心の奥にある「そんなに上手くいかないさ」
という彼の心の声が高笑いと銃撃なのかな・・・

そうそう。
独房のシーンの前にアンサンブルの方々が
ねずみに扮して7拍子でフォーメーション組むところ好きです。
相当練習を重ねたんだろうなー。

話しを進めて、部屋でジロを撃とうとしている影子様を
とめようとするタロ。
状況がつかめないタロに二人は台詞を言えという。
よくわからないまま、影子の世界に連れて行かれる。
タロは影子の子供の役、そして日本人であることがばれてしまい、
明日追っ手がやってくるという。満州から逃げ出そう!

このときの影子様、母であり、少年ぽさもあり、
とても素敵です!

医者と看護婦がやってきて、影子様を検診
これも精神病患者のための治療法方で
一人の人のために多数の人(映画スタッフ)が協力しているという。

どこまでが本当でどこからが虚の世界なのかわからなくなります。

そして、影子様はタロを撃とうとする。
嘘の世界なのに撃たれるのがいやなのかと尋ねる。
嘘の世界で撃たれたくないなら、本当の世界で撃たれるしかないとも言う。

撃たれたタロは自分の部屋で横たわっている。
心配した床下の母はタロを起こす。

タロは俺は今死んでいるんだ!
影山影子という美しい女優の夢の中で、
撃たれて死んでいるんだ!と嬉しそうに語る。

人様の夢で撃たれて喜んでいる息子の気が知れない母。
そして夢の中であろうとも自分の息子を撃ったことが許せない母

息子は夢の中に閉じこもり、支払いや仕事という現実を受け入れようとしない。
息子から現実を奪った夢に怒る母

目の前で起きている現実の世界をこれはきっと私の夢。
悪い夢に違いないと暴れる母。

・・・と、そこに現れる床下に広がる幸せな世界。
畑の中央に1つの家。
働きに出た息子はその家に帰ってくる。
母と一緒にむつまじく暮らす。
それが母の理想、願望

それをを壊したのは息子
母は息子に襲い掛かる。
そこへ探検の女性が現れて、自分の夢の中に自分の知らない人がいる。
あぁ・・・これは夢ではない。現実なのだと。
母はその現実を受け入れられなかったからなのか、
それとも夢なら何をしてもいいけれど、
現実の世界で息子に襲い掛かったことがショックだったのか
タロの前から姿を消す。
きりやん | comments(0) | trackbacks(0)  ▲ TOP
2015 レミング
JUGEMテーマ:霧矢大夢

△茲蠡海い討い泙后

さて、いよいよ影子様の登場です!

映画の中に閉じ込められていると思っている女優
彼女もまた自分で壁を作り、その中に入ってしまっているのか?

影子様登場のシーン「光を頂戴」というところ、
舞台後部からストロボがたかれるところ、
本当に影子様が自分の脳裏に焼きつくような
あのシーン とても美しい!!と思いました。
大女優君臨! いすに座って歌っている横顔の綺麗なこと!
見とれてしまいました〜

影子様はどうやら満州にいる日本人。
身分を隠して数度結婚を経験。
今の恋人に日本人であることは隠していてと頼む。
彼はもちろんだ、僕はあなたを「離しはしない」という。

恋人の「離しはしない」は「(あなたの)話しはしない」にも
かけているんだと思うのですが、
影子様の「私は死なない」も
「私はいない」「渡しはしない」と交錯させてましたよね?
このシーンは進んでいくストーリーを何とか理解しなくちゃ!
と思っている自分が惑わされている感覚がしました。

影子様は恋人に寄り添ったかと思うと、
突如相手を罵倒して襲ったりする。
人格多重者であったり、気がふれている感じ?
通常の人ではない状態であることは確か。
監督に「あなたは誰?」と問われ、
「私は誰?」と自分をが何者であるか思い出せない。

何十年も完成しない映画を撮り続けている。
そしてそれを映画に閉じ込められていると言う。
そうかと思うと「知ってるの。フィルムが入っていないこと。
向こう側から落ちぶれた女優を笑ってみているんでしょう?笑えばいい!」
と見栄を切ったかと思うと監督からカットがかかる。
どこまでが映画で、どこからがそうでないのか。
現実はどこにあるのかわからないシーンです。

今の自分を外から冷静に見る自分がいて、
その自分に反論する自分が登場したりする。
それをくり返していくうちに
どれが本当の自分なのかわからなくなってしまったのかしら。

その後、ジロ君が影子様に詰め寄られるシーン。
そのシーンの前に阿片を吸って眠っているような
場面があったような・・・
一時の快楽でジロが迷わなくて良い世界を
迷ってしまったのかしら?

その後、宇宙と交信をする女性とその夫。
その夫が実は精神科医でその女性を治療中という。
病院のシーンはピーポー、ピーポーと
アンサンブルの方が歌う歌が印象的。

表現が大変難しいのですが、かなり「精神病」
に切り込んでいる感じがしました。
なんだか、
精神病って何ですかね?
本当に病気なんですかね?
病名つけるからそういう病気になるんじゃないですかね?
というテーマを投げかけられた気分。

だれでもあやうい部分を持っているし、
ありえないことを妄想したりもする、
自分で自分の中のもう一人の自分と会話したりもする。

作品全体にこのあたりの
誰にでもある精神のあやうさを感じました。
その上で
厳しい現実を生きることよりも
自分の殻に閉じこもって夢を見続ける楽な道に
流れていく人もいたり、
一度見た自分の世界から出て来れない人がいる。

宇宙と交信する女の弁では
「自分は正常で、あの医者の方が精神病。自分が医者だと思っている」
これが本当なのかどうなのか。
彼女が精神病で自分を正当化するためにそう言っているのではないか。
目の前でもっともらしいことを言っている人が
正しいのかどうか・・・。
きりやん | comments(0) | trackbacks(0)  ▲ TOP
2015 レミング
JUGEMテーマ:霧矢大夢

,茲蠡海い討い泙后

タロとジロは当初二人に見えるのですが、
実は一人であるという複線があった!
というところまで書きました。

その複線の1つは、部屋の壁がなくなり、
壁を直すためにやってきた
「あるようにするべき課」のお二人。
元あった位置に正しく壁を作らなければならないが、
これが難しい。互いの欲望で壁の位置はずれてしまう。
それがずれると朝夜の長さも変わってしまう。
というような内容の箇所。

これ、何の話なんだかさっぱりわからなかったのですが、
この壁は別に隣人との間にある壁ではないということですね?
タロという人格、ジロという人格
その2つの人格のバランスが重要ということ。
そのバランスが崩れることで、どんどんおかしな方向へ行ってしまう。

2つ目は屋根裏部屋からアパートの様々な部屋を覗く男達。
副音声でお伝えしますといって2人の男が左右で
私の声はお前の声、みたいなことを言い合うところ。
直接的にタロ&ジロとは関わっていないのですが、
二人に見えるが本当は一人。
本当ってなんだ?一人に見えるが二人かもしれない。
そこと繋がっているんですね!

さて、話をタロ&ジロの部屋に戻すと、
壁がなくなり、隣の宇宙と交信する女とその夫の部屋に
入ってしまう。夫が死にそうで、女はジロに医者を呼びに行けといわれる。
出て行ったけど、医者呼びに行ってないよね??

ジロは大家のところいにき、壁を直すよう依頼。
でも大家(なぜだか4人)は東京の色々な地名を言いつつ、
囲碁をさし、そんなアパートはないよと言い放つ。

この囲碁をさす音を効果的に使っているのも斬新でした!
中華料理名を連呼する場面でも
タテ、ヨコ、ナナメ をリズミカルに連呼し
この囲碁のシーンでも南がどうの西にどうのという
表現がされていた気がします。
2次元を表していたのですかね??

お話しを戻して、じゃぁ、自分は誰なんだ?
どこに住んでるんだ?
そんな迷宮に迷いこむジロ。

さてさて、私 このお話の前提を
すっかり勘違いしてたのです。
中華料理のコック見習いのタロとジロが同じ部屋で暮らしていた。
その床下にはタロの母

それしかないのに、私、タロとジロを勝手に
兄弟にしてしまっていましたw
それなので、床下の母がタロのことには触れるけれど、
ジロには全く触れない。
タロジロが精神病と言われても
うちの息子達じゃなく、息子という。
あれ?ジロって母に見えてないの?
ということは・・・あの二人ってもしかして一人?!
勘違いから二人は一人説をとなえ始めたのですが、
なんか結果オーライだったようです(笑)

というわけで、メインはタロでいきましょう。
タロの心の中では母を大切に思う気持ちと疎ましく思う気持ちが
交錯している。

この気持ち、とても良くわかる。
姥捨て山に捨てたいとは思わないけれど、
私ももう良い大人なので放っておいてと思う。
私はいつまでたっても母にとっては子なのだけれど、
それが面倒なときもあるw

母だからこそ自分を肯定的に受け入れて欲しいのに、
自分が思い描いていることと母の意見が合致しない。
(苛立ち、憎しみ)

そしていつまでも若い頃の母のままでいて欲しいのに、
どんどん老いていく。(切なさ、悲しさ)

そういう現実から逃れるために
タロは(心の中で)床下に母を閉じ込めたのでしょう。

よくサザエさんやちびまるこちゃんで出てくる
心の中の悪魔と天使みたいな・・・
頭では理解しているけれど、心とちぐはぐしているような状態

それが母のシーンで表現されているのかな?

途中、ちり紙交換で老人を回収して、安楽死
必要であれば、若手の老人を派遣するという部分、
とてもシュールだけど、都会=無機質だと
簡単にこういうこと言い出しそうな人いそうよね。

そして、一瞬タロの頭の中でも
年老いた母を引き取ってもらって安楽死
という思いが過ぎる。
タロの彼女は母を疎ましく思い、安楽死させろという。
結婚、結婚と迫ってくる。

でもタロは大切な母をそんな風に扱ってはいけないという
「常識」「理性」を選ぶ。心ではない、「現実」のほうを選ぶ。

この作品のキーパーソン二人のうちの一人、
ライフルをもって歩く探検隊の女性

彼女はタロが自分の心を探っている象徴なのでは
ないかしら?
タロは母をちり紙交換に出さず、床下に入れたままにした後
下手へ消え、今度は上手へ消え、再び舞台中央へ。
するとライフルを持った女性が彼を通りすぎていく。

彼は本当は心の奥底にある、母を疎む自分の心の闇を
見てしまったのだな と感じました。

そしてそんな自分から逃れたくて見た夢が
影山影子なのではないかしら。
きりやん | comments(0) | trackbacks(0)  ▲ TOP
2015 レミング
JUGEMテーマ:霧矢大夢
 
寺山修司生誕80年 音楽劇
レミング −世界の涯まで連れてって−


きりやんが影山影子という役で出演!

寺山作品は難解ということを聞き、
だいぶ身構えて観劇したのですが、
私、こういうワケわからない世界好きなのかもしれない。
すんなりと受け入れている自分にちょっと驚きました。

きりやんが出演しなければ、絶対見ない作品。
あぁ・・・きりやんのおかげで私の引き出しが
どんどん増えていく。

大まかなストーリーはあるものの、
目で見たもの、感じたものをそのまま受け入れる
流れていく各シーンの受け止め方は
人によって本当に違って
それがこの作品の芯なのではないかしら?

音楽劇という名のとおり、歌が軸ではないけれど、
音楽の役割が大きく、内橋和久さんが奏でる音がとても印象的でした。
様々な『不安定』が音や歌で表現されているんだと思いました。

my初日は2列目中央で、これから何が起こるのか
緊張してみていたせいもあるかもしれませんが、
2回目に見た少し後方の席の方が、音をより強く感じました。
スピーカーを通した不協和音になる手前の感じや
若干ずれていそうな部分がより『不安定』さを醸し出しているような気がして。

ここからは私なりにこの作品を追いかけるので
ネタバレしまくりです。大阪、名古屋公演は年明けですし、
内容を知りたくない方はスルーしてくださいませ。

ストーリーは
品川区五反田のアパートに住む
中華料理のコック見習いのタロ、ジロ
そして何故だか床下には母が住んでいる。
ある日その部屋の壁が突然なくなった・・・・
ということですが、
まず幕開けの「世界の果てまで連れてって」という歌が
印象的。青葉市子さんの独特な声で「連れてって」を連呼されると
もうそれだけで「世にも奇妙な物語」
そこに内橋さんのギターが大音量で迫ってきて、
幕開けからギャーってなりそうです。怖いです。
でも嫌いじゃないです(笑)
「ここから異常な世界です」という序章にはぴったり!

ちょっと気になって青葉市子さんのHPを拝見したけど、
ホラーです。ギャーってなりそうです。
他のディスコグラフィみてもシュール!
きりやんもお茶会でとても可愛いけれど、独特な存在感の方と
おっしゃっていましたが、このシュールさ!
もしかしたらレミングの世界観を考えずにして
理解されているのかもしれない・・・。

話を戻して、幕があけるとそこは品川区五反田
そこがどんな場所であるか、矢継ぎ早に台詞が続き、
無機質な音声ガイダンスや時報などが流れる。
そこに7拍子で進む多勢

このシーンだけでちょっと心奪われました。
あぁ。寺山修司という人には都会がこう見えるのか。

機械的な音、無機質さ。
聞こうとしているわけではないのに、
勝手に入ってこようとする沢山の音。
そこを進む大勢の人達の足音は規則的で軍隊のよう。
それでいて、7拍子の変則的な音。
何か重要なことを説明しているように見えて、その実、
あまり意味を成さない言葉の数々。
それはまさしく現実の世界・・・
山手線から降りて改札を進む、決められた時間に
会社に向かうその音のような気がしました。

で、そこからタロ&ジロの部屋に行けばよいのですが、
その前にきりやん演じる影山影子が登場し、タロが拳銃で撃たれて倒れる
というシーン。
影山影子は架空の世界の象徴だと思ったので、
なぜここで登場?というのがわかりづらかったです。

というわけで、ちょっと端折り
タロ&ジロの登場。
中華料理のコック見習い タロとジロが
アパートの部屋で様々な中華料理の名前を言い合い、
鍋フリや素材を切る練習をしている。

ここも次々に台詞が続き、かまずに言うだけでも
大変そうです。
でも中華料理屋(店員さんがみな中国の方)だと
料理名が意味不明な羅列に聞こえるし、
次から次に言葉が飛び交ってますよね。
その雑踏さも寺山さんには言葉遊びだし、音楽に聞こえたのかな?

この時点では明らかにタロとジロの二人なのですが、
舞台が進んでいくうちに違和感がわいてきて、
最終的に二人で一人なのだろうと感じたんですよ。

お茶会できりやんがこの役は元々一人が演じていたと
仰っていて、合点。
やっぱり二人は一人の人間の表裏という解釈でいいのね・・・
と見ると、途中にちゃんと複線があった!

→△愨海ます
きりやん | comments(0) | trackbacks(0)  ▲ TOP
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